March 31, 2005

久しぶりの映画「エターナルサンシャイン」

仕事。その後、久しぶりに映画に行く。渋谷のシネパレスにて、「エターナルサンシャイン」を見る。輪廻を感じさせるとても良い映画だった。もの悲しい。ジムキャリーも頑張っていました。夕食は、久我山のジョナサンキッチンへ行く。
最近、時差ボケのせいか夜中になると眠くなる。もう少し遅くまで起きていたいのだが、残念。日本に帰ってきて日本食というか、日本人好みの食事をしていると、ニューヨークの食事の値段がいくら安くても、当たりはずれが、50%なら、同じぐらいの値段になると考える。

March 30, 2005

寿司屋の梅さんとすしを食べる。

今日から仕事な訳で。
夜に、ひさしぶりに大学の水泳同好会の同期のUめちゃんと食事をすることに。中野に引っ越してきたので、ご近所さんとして迎え入れてあげた。まぐろ人に行く。日本のお寿司はおいしいね。本当に。2人で沢山食べ、その後、レモンドロップでケーキを食べる。ホテルマンの話や、すきやの話を沢山聞きました。また今度一緒に食べようと分かれて、帰宅。
日本に帰ってきたときは、JRですごいマスクをしている人がいたので、何やっているのだろうと思っていたら、花粉症を思い出した。その時は、症状がひどくなかったのだが、今日になって、すごい。鼻水と、涙出ます。頭も痛いです。もしかしたら、行く前よりもひどいかも。ニューヨーク組は3人とも花粉症なのだが、僕とKまは、ひどくなっていて、Uちは、帰ってきたら良くなっているらしい。不思議だ。アメリカには、杉がないから花粉症はなかった。アメリカ移住だな。

March 29, 2005

成田に到着。

ということで、日付変更線を越えて、29日になってしまいました。28日は飛行機の速度でも追いつかず、一日通り過ぎてしまった。飛行機の中では、きつねラーメンという物が出てきたが、夜食なのか朝食なのかわからないまま食べてしまった。
いよいよ成田空港へ。今回の着陸はうまかったと思います。窓側ではないので、着陸の瞬間が目に見えていなかったが、それほど怖さを感じなかった。恒例の、ビジネスクラス、ファーストクラスを通らせられて、汚さにびっくりする。カーテンでも閉めればいいのに。成田では、2人の荷物もすぐ出てきて、僕とUちは、スカイライナーで、Kまは特急で帰る。日暮里で乗り換え、東京駅、吉祥寺、家に到着。久しぶりに猫と会った。おみやげ話をして、食事をして、もうお仕事。

March 28, 2005

帰国日

今日は、日本に帰る日。11時半の飛行機なので、9時半には、空港に行っていないといけないと言うことで、8時前から起き出して、帰る支度をする。タイムズスクエアから近くて快適であったホテルともお別れ。空港へは地下鉄に乗っていく。そこからエアポートラインに乗り換えてユナイテッドのターミナルへ。チェックインをする時、窓際の席を頼むが、窓際の席にするかエコノミープラスの座席にするか聞かれてエコノミープラスにする。エコノミープラスは、ビジネスクラスとエコノミークラスの中間のクラスで、座席が普通よりも広い。2人は違ったようだ。2人とは、別な席なので、しゃべる相手がいなかったが、パソコンとiPodで13時間を過ごす。機内の映画は、見たことある物ばかりだったので、見なかった

March 27, 2005

新生MOMAへ行く

今日は、朝からMOMAに行く予定だった。ホテルをチェックアウトして、タイムズスクエアにある、ウエスティンタイムズスクエアへ。ここのホテルは、2004年に完成したホテルで、とても新しい。ホテルの部屋もとても使い心地が良かった。朝の10時に行ったので、チェックインはまだできないだろうと、思っていたので、荷物を預かってもらうと思っていたら、チェックインをさせてくれたので、荷物を置いて、MOMAに向かう。少しKいちを待たせた。MOMAは以前行ったことがあるが、去年新しくなったので、もう一度行きたかったのと、NYに住んでいるKいちも行ったことがないというので、行くことにした。とても混んでいる。チケットを買うだけでも、20分ほど並んだ。中は、広いのでそこまでは混んでいない。Kいちは、僕たちを待っている間に、食事をしたらしいが、僕たちは食べていなかったので、ちかくにあるアストロダイナーというお店で朝ご飯。シングルエッグ&ハムという少ない量であろうと思う物を頼んだのだが、お皿の半分にはフライドポテトが、そして、お皿にトーストまで来てしまった。おなかいっぱいになる。ピカソ、モネ、ウォーホルなどを見て、満足する。6階の特別展示でやっていた、都市開発の展示も僕はとてもおもしろかった。MOMAを後にして、Kいちと二人で、ブルックストーンへ行く。ちょっと高級なおもちゃや、実用的な物が売っているお店。ここにテンピュールが売っていたので、Kいちが、寝付きが悪いと言うので、マットレスを買いなさいと忠告。300ドルのマットレスを購入する。早速マットレスを持って、ホテルに帰る。ホテルのベットの上に出して、寝てみるが、ベットの布団が柔らかいので、あまり良さがわからない。よって、ベッドのマットレスを取り払い、そこにテンピュールをおいて、寝る。気持ちよい。これは、僕も欲しい。
昼間からお酒を飲みながら語らう。途中、お酒が無くなったので、デリでに買い出しに行く。スパイシーなチェダーチーズと、もろもろのお酒のお酒を買い込んで、ホテルのアイスマシーンのアイスで冷やして飲む。5時頃になると、Kまと、Uちが帰ってくるが、人見知りの二人は、僕とKいちがしゃべっている横で、斜めのマットレスで寝てしまった。7時頃になって、ようやく、夕ご飯を食べに行こうと言うことになり、Kいちを二人で、チャイナタウンへ点心を食べに行く。後輩二人は、タイムズスクエアの吉野屋の牛丼を食べたいらしい。最終日にわざわざ吉野屋を食べなくても良いと思うが、お金が無いようなのでしょうがない。飲茶はとてもおいしかった。そして、海鮮丼チックなご飯物は15ドルで山盛り出てきた。これもおいしい。最後はデザートまで出てくる。チャイナタウンの酒屋で、お酒のみ夜の部のシャンパンを購入する。僕の好みの甘い味を買う。Kまが、ニューヨークチーズケーキをワンホール食べたいというリクエストを言っていたので、わざわざ遠回りして、ROXYというタイムズスクエアで一番有名なチーズケーキのお店に寄り、買って帰る。僕は、Kまのチャレンジに答えてあげようと、ワンホールを買おうとしていたのだが、Kいちが、食べ物を無駄にしてはいけないという忠告を言ってきたので、2ピース買う。これでも、先ほど買ったシャンペンの重さとほぼ同じ。すごい量である。買って部屋に帰るが、2人はまだ寝ている。Kまを起こして食べさせてあげるが、結局1ピースも食べれずに断念。ダメダメである。僕とKいちは飲み、別れの名残を惜しむ。Kいちが帰るというので、外まで送りに行くと外は雨。本当は地下鉄で帰るはずだったが、タクシーで帰っていった。Kまと、Uちは、人見知りが解除され、それから起き出してくる。3人で、ニューヨークの最終日の夜を過ごす。

March 26, 2005

NBA観戦

本日は快晴なり。とても天気がよい。前から今日は国連に行こうと言うことになっていたので、外に出てみるが、寒い。晴れているのに、寒い。国連前のナショナルダイナーで食事をする。ここも6年前来た。僕は、あまりおなかが減っていなかったので、フルーツの盛り合わせのみを注文。その後、みんなで国連へ。国連の前ではデモが行われていた。また、国連の入り口では、セキュリティチェックがあった。みんなで、中にはいるが、入場料を取るというので、2人はブルーになりやめた。そこから、ホテルには戻らず、13時から始まるNBAを参戦するために、ニュージャージー州のコンチネンタルエアラインのアリーナに向かう。ユニオンスクエアから地下鉄でタイムズスクエアへ。そこからポートオーソリティのバスターミナルに行く。しかし、何番のバスに乗るかがわからず、Uちだ君が奮闘。往復7ドルであった。ここから20分ほどで、アリーナに到着。もう人が沢山いる。セキュリティがあり、荷物を預けないと行けないというので、ビデオカメラも預ける。まず、みんなでユニフォームを購入。僕は今日以降使う予定がないので、Tシャツにする。そして、試合開始。特に僕は見たいとも思わなかったが、なかなか楽しめた。まず、音楽が流れるのがおもしろい。攻撃と、守りで音楽が変わる。そして、所々で、MCがでてきて、いろいろな盛り上げることをやっていた。しかし、ネッツはぼろ負け。途中から帰る人も多かった。ここからバスで再びポートオーソリティに戻り、各自行動する。僕はブルーマングループをKいちと見る。途中、jrのチーズケーキを食べる。一口目はとてもおいしい。しかし、最後の方になるにつれて、たべるのが大変になってくる。最後は、苦痛に変わる。本場ニューヨークのチーズケーキは、量が多いことがわかった。アスタープレイスの、ブルーマンのBOX officeに行くと、ネットで予約していた時よりも、良い席になっていた。ブルーマンは、ラスベガス、ドイツで見ていたが、ニューヨークは本場なので楽しみにしていた。会場はとても小さい。内容は、書きませんが、おもしろかった。帰りの地下鉄で、痴漢に立ち向かう女の人を見守りながら、ホテルに帰る。

March 25, 2005

コロンバスサークルへ行く。

昨日の朝高速をとばして空港に行ったのが、かなり体に負担をかけたらしく、以上に疲れていたので、8時まで寝ていた。Uちと、Kまは、7時頃から、ホテルの周辺を散歩していたようだ。しかし、あまりお店は開いていなかったという。
その後、ホテルをチェックアウトして、荷物を預かってもらう。そして、グランドセントラルステーション、エンパイアステートビル、タイムズスクエア、ロックフェラーセンター、教会、トランプタワー、プラザホテルを見せてあげる。NBAショップに行き、明日見る予定の、ニュージャージーネッツVSミネソタティンバーウルブスの試合のチケットを買う。15ドルの席があいていたので、そこにする。そして、みんなで分かれて、僕は、去年にできた、コロンバスサークルに行ってみる。セントラルパークを通っていった。ここは、とても高級な感じがして上品な場所であった。地下のフードコートで、食事をして、上の階にある本屋で、月例の立ち読みin NYC。しかし、アメリカの書店は、椅子が用意されていて、座って読むことができる。
その後、今日泊まる、インターコンチネンタルホテルにチェックインする。なかなか、良いホテルである。ニューヨークにしては広い。2人と合流して、ホテルで休憩。みんなかなり疲れたらしい。ニューヨークは特に安全に気を遣うから、他の場所以上に疲れるところだ。
夜7時頃から、夕食を食べに出かける。タイムズスクエア、マディソンスクエアガーデンと探すが、なかなかまとまらないので、昼に行ったコロンバスサークルのステーキ屋さんに行くが、50ドルぐらいからと高いので、やめ、地下のフードコートで食事。10ドルぐらいでおなかいっぱいになる。その後は、ホテルに帰り、枕投げ大会。

March 24, 2005

ニューヨークへ到着。

朝、5時に起きてホテルをチェックアウトして、空港へ向かう。結局このホテルが、日にさらされているところは見ることができなかった。空港までは、高速で30分ほどで到着。レンタカーも返却して、チェックインをすませる。途中、ワシントンDCで乗り換えをする。ここまでが2時間。さらに、飛行機で1時間でラガーディア空港へ。バスと地下鉄を乗り継いで、レキシントンアベニューに到着。Uっちーと、Kまが来ると言うことで、ネットにつないで、ユナイテッドの飛行機の到着状況を見ると、3時30分に到着予定だったのが、2時30分にもうすでに到着していると言うことで、ロビーで待っているが、ぜんぜん来ない。結局5時過ぎに到着する。一休みをして、Kいちの待つ、ロングアイランドユニバーシティーへいく。コンピューターサイエンスの授業を聞かせてくれるというので、参加してみた。まず、英語がわからないというのがネックであったが、何をやっているのかはわかった。久しぶりの黒板を使った授業に、懐かしさを感じた。教授がわざわざプリントをコピーしてくれて、くれたので、2時間目は比較的楽に受けることができた。アメリカでの授業をうけれて満足。大学時代に、Kいちが、東薬に来て、授業を受けて帰ったことがあるので、その逆パターンが実現。授業が終了して、みんなで、タイムズスクエアへ。そこから、コリアタウンの韓国料理を食べに行く。ここは、前回来たところ。懐かしかった。韓国焼き肉を食べたが、とてもおいしい。その後、その下にある、韓国食と、日本食がおいてあるデリに行く。ここも前来た。
その後、地下鉄で帰る。

March 23, 2005

NASA JFKスペースセンターへ

朝起きると、天気が悪い。サーフショップのQuiet Flightへ行く。良いボードが中古だが、メンテナンスがしてあるものが250ドルで売っていたので、買って帰ろうか迷ったが、ニューヨークで大変なことになりそうなので、今回はやめる。次回でも直行便で来たときに買うことにしよう。ホテルをチェックアウトして、NASA、JFKスペースセンターへ向かう。ココアビーチから30分ほど。周りの車が、吸い込まれていくようにして入っていく。この道を通っている車はすべて、NASAに行っているようだ。実際、チケット買うところには、デズニーランドと同じぐらいの行列ができている。ちょっとうんざり。しかたがないので並んでいると、普通の人よりも、よりNASAの施設に近づけるチケットが売り切れと言うことで、その看板が下ろされたが、チケットを買う人に聞いてみると、OKということだった。なんとも、適当な国だ。自分に利益があったので、良かったけれど。IMAXを見たが、4年前ヒューストンNASAで見た物と一緒であった。その後、食事をしようとするが、これまた行列。NASAの施設から外に出たら、ココアビーチまで何もないので、中で食べる以外に方法がない。ホットドックを30分並んで食べる。その後、いよいよNASAの施設見学へ。まずは、国際宇宙ステーションの最終点検の場所へ。クリーンに保つための洋服を着た人が作業をしていた。その次は、シャトルの打ち上げの場所へ。ここは、近くには一般の人は入れないかと思っていたが、かなり近くまで連れて行ってくれた。シャトルの格納庫も通り、格納庫から打ち上げの場所まで運ぶ道も通った。大満足。そして、シャトルの着陸滑走路も見る。2,3マイル有るようで、今日は天気が悪かったので、端がわからないぐらい長い。そのほか、宇宙飛行士が出発前、最後に乗るバスと、バスに乗る場所、サターン5型の実物大を見た。ヒューストンのジョンソンスペースセンターよりも、こちらの方が、施設は少ないはずだが、公開しているところは多いようだ。その後、ビジターセンターで、おみやげを購入して、今日泊まるオーランドのホテルへ向かう。
もう暗くなっていたので、注意深く運転する。高速で1時間ほどで到着。今回のホテルは、またまたすごい。各部屋に、パソコンが備え付けてある。インターネットもできる。なんてことだ。しかも、今夜の10時なのだが、子供も大人も、プールやジャグジーにつかっている。オーランドはこういう街なのかもしれない。

March 22, 2005

ココアビーチでサーフィン

朝、ホテルを出発して、95号を南に下ってみる。ココアビーチに近い宿が有ればと思い、聞いてみるが、満室のところが多い。バジェットインが安かったが、ココアビーチより、12マイルも離れているため、もっと近くに行ってみる。そして、ココアビーチに到着。海を見ると、宿を探しているのがもったいなくなり、ホリデーインに泊まることにする。道に面している部分は小さめだが、中には、プールやテニスコートなどもあり、かなり大きいようだ。しかし、高校生が学校規模で泊まりに来ているため、うるさい。プールも、海も、ジャグジーも。おかげで、こっちの高校生の生態を知る機会ができた。
海に行き、サーフィンをする。波がものすごく力強い。2時間で力尽きる。きっと、もっと良い場所があるのだろう。波打ち際の所で、板のような物に乗って、すべるのが流行っているらしい。結構みかけた。その後はホテルのジャグジーで、2時間ほど疲れを取る。
夜、近くのモールの駐車場にいると、一人の若者が近寄ってきて、車を見せてくれと言うので、見せてあげる。とても喜んでいたようだ。バージニア出身だそうで、あまり見かけないのだろうか。

March 21, 2005

マイアミからココアビーチへ

ハイアットのベッドは特に寝心地がよかった。もっと長く寝ていようかと思ったが、早く外に出たいという気持ちが大きくて、朝早くからチェックアウトをする。今日は月曜日なので、ダウンタウンにあるシティバンクへ。前回の担当者の人が覚えてくれていた。30分ほど待たされたが、その間、ナイジェリアから来た親子と、お互いの国について話していた。東京から来たというと、とても驚いていたが、ナイジェリアから来ている方が驚きだ。僕のノートパソコンにとても興味が有ったらしいが、このりんごまーくは何?といっていた。アップルも知らなかったらしい。今回は、口座を作ったのだが、システムがダウンしていたため、今日僕の前でパソコンに入力をしていた。かなりの項目を入力していた。そして、500ドルを入金する。ATMの使い方も教えてくれた。とても親切な、ほoseさんでした。マイアミシティバンク、ビスケイン通り支店に行ったときは、この方に相談してください。マイアミでの用事が済んだので、これでマイアミとはお別れ。いよいよ、フロリダ北部のココアビーチへ。サーフィンのメッカです。こういうメッカというのはどこにでもある物なんだなと感じる。インターステイト95号をひたすら北に向かう。途中、パームビーチ周辺に行くが、あまり何もなかった。車の中で日本の音楽を聞きながら。独り言を話す。日本にいるときは、洋楽、アメリカにいるときは、邦楽を良く聞いている。300マイルほど車で走り、2回ガソリンを入れた。マスタングは、燃費が悪いのか、ガソリンタンクが小さいのかの、どちらか。しかし、みんな僕がスピードを出すと、道をあけてくれるという感覚には病みつきになりそうである。メルボルンという町から、ココアビーチへ行く。途中何カ所もポイントがあって、それぞれ、サーフィンをしている人がいる。マイアミではいなかったのに。ここがココアビーチというところに、24時間のサーフショップがある。すごい大きさである。しかも、観光地となっているのか、ひとがものすごい。ここで、欲しい物を見るが、ひとが多すぎるため、ゆっくり見ていられないので撤収。ホテルを探すが、すべてのホテルが満室。スプリングブレイクで、いっぱいらしい。困った。しょうがないので、JFKスペースセンターのと書くまで行く。しかし、何もない。さすがに規制もかかっているのだろう。全く何もない。仕方がないので、進んでいくが、20マイルほど行くとやっと曲がり角が有る。さらに20マイルほど行くと、やっとホテルを発見。ここでも空きがないという。ここで、空きがあるホテルを教えてもらったので、そこへ向かう。隣町だった。やっとそのホテルを見つけて泊まることができた。夜の7時。ホテルでゆっくりMTVを見て、夕食に出かける。

March 20, 2005

バルハーバーのビーチへ

朝から、ベッドでインターネット。快適快適。ホテルの下にあるモールへ行こうとしてみるが、モールという案内が書いてあるにもかかわらず、外周を一周してみても、変なおやじが一人いるのみで、入り口はない。アートスクールの入り口が有るのみであった。諦める。チェックアウトをして、ホテルの入り口にあった旅情報に載っている、すし&サイゴン料理のお店を目指し、マイアミビーチへ。2日前に行ったイタリアンのお店の近く。しかし、開いていない。近くのデリという名前のレストランに入る。通るたび人が入っていたので、何が魅力かわからなかったのだが、注文してみて来た物が、すごい大きさ。パスタを頼んだのだが、洗面器代。大食らいの僕も食べれません。価格もちょっと高め。
マイアミビーチを後に、バルハーバーという高級さんしか行かないであろうビーチへ。やはり綺麗なビーチであった。とうめいどが、今回の旅で最も高い。ここで、しばし、水浴び。気がつくと2時間経過。耳にまで砂がはいるほど、寝返りを打ちまくっていた。車を止めた前にあるシティバンクで、Kいちがお金を下ろすところを見させてもらったが、日本と違うところがいくつもあって驚き。最大の驚きは、銀行にお金を預けるときに、封筒にお金を入れて、それを、ATMの中に入れるというとても初歩的な方法。日本のATMのお札を数える精度はすごいのだろう。
バルハーバーから、今日の泊まるホテル、コーラルゲーブルへ。ちょっと道に迷ったが、高級住宅地の中を走る。そして、ハイアット発見。きっと初めての人はわからないだろう。さすがハイアットなだけ有って、サービスは行き届いている。若者も少なく、ビジネスマンと、その家族のホテルといった感じだ。
Kいちが今日NYに帰るというので、空港まで送りに行く。マイアミ国際空港までは、ほぼ直線。初日に迷ったあたりも、日が照っているので、ぜんぜん様子が違う。空港のchilisで食事。おごってもらっちゃいました。送り出した後は、一人でホテルに帰る。途中ウォルグリーンで、ひげそりを購入。

March 19, 2005

エバークレイズ国立公園へ。

朝、ダウンタウンのt-mobileという携帯電話やさんに行ったが、10時になっていないので、開いていなかった。しばし、近くの路上に車を止めて、待つ。開店したので行ってみるが、目当ての物はなかったので、そのまま、今日の目的地のエバーグレーズ国立公園へ。途中のガソリンスタンドに併設しているKマートで、昼食を食べる。自分でホットドックを作る形式。ここから、果物屋さんの角を曲がり、エバーグレーズ国立公園に入る。ビジターセンターで、地図をもらう。ここには、とてもちいさいワニがいた。料金所でお金を払って道を進む。まるで、アフリカの大草原のようななにもない湿地が広がる。時速55マイルで、約1時間ほど走り、フラミンゴビジターセンターに到着。本来であれば、ここに泊まるはずだったのだが、残念である。海が見え、小さい島々があり、とても優雅な大自然といった感じである。何か、アクティビティをしようということになり、今回選んだのが、カヌー。2人で川を登ることにした。1時間16ドルで、2時間お願いしたので、32ドルなのだが、結局16ドルしか払わなくて良くなった。カヌーは、前の人と後ろの人の息が合っていないとうまく前に進まない。ということで、2人は息が合っていないので、すぐに脇のマングローブにぶつかる。この川は、モーターボートもよく来るので、水のうねりができて、カヌーをしている身には、とても大変である。かなり進んだところで、息が合ってきた。しかし、そこら辺でもう引き返すことに。2人とも、水に濡れるだろうと言うことで、時計を持ってこなかったので、時間がわからなかった。返却するときに2時間ちょうどこいでいることがわかった。こんなに運動したのは久しぶりだ。もしかしたら、筋肉痛になるかもしれない。カヌー乗り場のあるビジターセンターを後にして、他の場所へ移動する。日が暮れかけているのが、とても綺麗である。入り口に一番近い観察場所に行くと、ワニがたくさんいる。そして、サギのような鳥などがたくさんいる。まさしくここが、野鳥の宝庫といった感じである。やっぱり、アメリカの国立公園はすごい。夏は蚊がものすごくたくさんいるので、この冬がベストシーズンらしいが、今でも蚊がたくさんいた。
帰りに、行きの時に角を曲がった果物屋で、キーライムパイシェイクを買い、車で飲むが、まさしくキーライムパイシェイクであった。パイごと凍らせてミキサーにかけた感じ。マイアミダウンタウンに到着して、今日の夜は、ベイサイドで、夕食を食べることにした。Kいちと最後の食事はアメリカンステーキやさん。アメリカンステーキサイズの大きい物ではなく、上品な感じの小さめのステーキで安心した。ここのモールでもあったのだが、アメリカのモールに良くあるBROOKSTONEが僕は大好きである。モールを歩いていると日本から電話が。福岡で地震があったらしい。震度6というからかなり強かっただろう。地球の反対にいても、すぐ情報が手に入るこの世の中はとてもすごいと実感した。実家も大丈夫なようなので一安心。ホテルに帰って、今日のビデオを見る。

March 18, 2005

マイアミダウンタウンへ

ホテルをチェックアウトして、ヘミングウェイの住んでいた家に行く。猫がたくさんいる。足の指が6本ある猫もいるようだ。それにしても、庭が綺麗に整っていて、引っ越したい家だ。離れもある。プールもある。ここは、学割がきいて、6ドルほどで入れるので、お奨め。
キーウエストを後に、マイアミに戻る。エバーグレイス国立公園内のロッジを予約していたのだが、取れておらず、マイアミダウンタウンのラディソンに泊まる。マイアミのダウンタウンにあるシティバンクへ銀行口座開設に行く。かなり緊張する。なぜなら、日本の銀行のようにすぐ作れるわけではなく、審査のような物がある。僕の場合、国際免許と、パスポートで通った。本当は、SSNとかが必要な場合もあるらしい。しかし、コンピューターがダウンしているため、できあがるのは、月曜日になるということだ。月曜日にもう一度来ることになる。
夜は、マイアミで一番おいしいであろう、イタリア料理屋さんに行き、スパゲッティを食べる。かなり高かったが、アメリカでおいしい物が食べれて満足。店員さんがみんな陽気。ここで、隣の席の人が、誕生日会をしていて、みんなでハッピーバースデーの歌を歌ってあげる。

March 17, 2005

キーウエストの休日

本日も晴天なり。太陽がまぶしい。朝から僕は町を散策。Kいちは寝ている。町を一周車でした後、部屋に帰る。朝ご飯を食べに行き、ホットドッグを頼むが、大きいサイズであった。朝からボリュームがある。食べ終わって、僕は恒例の髪切りタイム。ホテルの近くにヘアーサロンが有ったので、髪を切ってもらうことにする。3月の初めぐらいから、髪が伸びているなと思っていたのだが、旅行に行ってから切ろうと考えており、のばし放題にしていた。ようやく今日切ることができる。さすがにもうかなりの回数を、外国で切っているので、いつものように切ってもらうことができた。その後、島にある空港の南のビーチに行く。路上に駐車ができるようになっているのだが、1時間25セントという破格値であった。ここで、ビーチマットを借りて、夕方まで遊ぶ。

March 16, 2005

7マイルブリッジを渡る。

朝、ヒルトンのレストランで朝食を食べる。オムレツがなかなかおいしく、居心地も良いので思わず長居してしまう。プライベートビーチに行くと、みんな日光浴をしている。チェックアウトの時間が来たので、ホテルを後にする。ホテルのバレットパーキングが24ドルするので、隣の公共駐車場に止めていたのだが、朝行ってみると、駐車違反の切符を切られていた。周りを見ると、みんな1ヶ月単位で借りているようだ。近くに、違法駐車を見ている警官がいたので、話しかけてみるが、インターネットで罰金を払ってくださいとのこと。VISAカードが使えるらしい。しかし、罰金が18ドルと、ホテルの駐車場よりも安いのには、笑えた。マイアミビーチのアールデコ地域に行ってみるが、最近塗り替えたような感じのパステルの外壁が目立った。マイアミダウンタウンのシティバンクにて、僕のアメリカの小切手を換金する。日本では2ヶ月と5000円ほどかかる物が、一瞬にしてできた。ここら辺は、国の距離を感じるところだ。国道1号線に乗り、南を目指す。1時間ほどで、周りの景色が、いままでとは違って湿地帯を中心とした物になる。所々橋があり、渋滞している。途中、ウォルグリーンに行き、今日のお酒を買い込む。キーラルゴと通り、念願のセブンマイルブリッジへ。海の上を7マイルも走ることになる。右も左も海で、空も青く、最高のロケーション。最低時速40マイル最高時速55マイルと決まっているので途中で止まることもできず、すぐにその時は過ぎてしまった。
そして、とうとうキーウエストへ。キーウエストは、国道1号線の始まる場所として、アメリカの一番南の端として、ヘミングウェイが住んでいた場所として有名である。今日泊まるホテルは、キーウエストのウィンダム リーチ リゾートという所。島の一番に南にあり、プライベートビーチからは、大西洋が見える。夕日も5階にあるテラスから見ることができるようだ。ホテルに到着して、車をとめ、ダウンタウンに食事をしに行く。

March 15, 2005

あっという間にマイアミ

朝から、親戚が亡くなられたということで、バタバタする。まだ用意もしていなかったので、2つの仕事をやりながら、時間はどんどん過ぎていく。12時すぎに家を出る。2時間ほどで成田空港に到着。チェックインをして空港の3階にあるお寿司屋さんでお寿司を食べる。機内食も出るので、たくさん食べるつもりはなかったのだが、思わずいろいろ頼んでしまった。セキュリティ、出国審査、なぜか平日なのに激ごみ。出発5分前に乗り込み、まずは、シアトルへ。飛行時間は8時間。8時間何をしようか考えていたら、着いた。それにしても、ユナイテッドの機内食のデザートは、すごい。チョコレートと、チョコレートムースを層にしているのだが、普通はアクセントを挟む物だが、同じようなものを挟んでいる。
シアトルに到着する前に、オリンピック国立公園の山が見えた。頂上には雪が積もっている。シアトルの空港には、エア・アラスカの飛行機がたくさん止まっているのだが、この飛行機の側面に描かれている人の顔がとても怪しい。某宗教の教祖的である。シアトルで、アメリカへの入国審査ということになるのだが、とても厳しくなっていた。顔写真もデジカメで撮られるし、指紋も左右採られた。いつものごとく、審査官はなぜかものすごく怒っている。ターミナルを乗り換えて、次のデンバー行きの飛行機のラウンジへ。空港で感じたことなのだが、こちらの電源はだれでも使って良いらしく、みんなパソコンの電源をあちこちから取っている。空港使用料に含まれているのだろうか。係員の前でどうどうとやっても何も言われない。電源の心配をしないでよいのはとても良い。成田までの電車と、シアトルまでの飛行機でiPodを聞いていたので、電池がなくなっていたので、助かった。また、電話もAT&Tと、CINGERPHONEが入る。空港で、電話を2台だして、SIMカードを入れ替えているのはちょっと、怪しかった。
シアトルから飛び立つときには、かなり高い山が見えた。富士山的に大きい山であった。そこから2時間でデンバーへ。田んぼばかりだが、雪が降った跡がある。デンバーからマイアミまで約4時間。正直もう飛行機には乗り飽きていた。着いた頃には、あたりは真っ暗。空港ロビーに行くが、待ち合わせをしていたKいちはいなかった。下の階に行ってみてもいないので、仕方が無く電話をすると、出口にいるということだった。行ってみるとプラカードを持っている。これを作っていた時に僕が素通りしてしまったらしい。粋な計らいも、計画通りには行かず、3時間も待たせたあげく、ジョークを受け取れなくて悔やむ。その後、ハーツのレンタカーオフィスに行き、車を借りる。今回の車はマスタング。アメ車。2人乗り。2ドア。排気量もあり、乗るのが楽しみ。ハーツに行くと、車が用意されている。乗ってみるが、窓は小さいし、座高が低めに設定されている。どうなることやら。

チェックアウトをして、いざホテルへ。この時すでに夜の11時過ぎ。レンタカーオフィスで聞いた道順を、案の定忘れ、1時間ほどかけてホテルに到着。ヒルトンのとても広い部屋だったが、前の人のルームサービスが片づけられていなかった。
食事に出ようということで、近くを探すがさすがに夜遅かったのでやっていない。デニーズにはいるが10分ほど待っても店員が来ないので、となりのIHOPへ。ここでエビや、オニオンリングなどを食して、部屋に帰る。つもり積もった話をしていると、いつの間にか5時を回っていたので、しょうがなく寝る事にする。

March 14, 2005

東京の一日

そういうわけで、寝るまもなく、朝起きて、羽田空港へ。なぜか渋滞している。環八はあきらめ、環七へ。しかし、こっちも渋滞。結局2時間ぐらいかかって到着。帰りにどこか寄ろうと思ったが、そんな気にもなれないぐらい渋滞していたので、やめる。
一度家に帰り、吉祥寺へ。ウェブのネタ探し。
その後、夜、Uっちと食事をするために、渋谷へ。PBCで本を読みあさる。青山のto the herbsにて食事。パスタがおいしかった。デザートも食べました。

March 13, 2005

広島最終日

今日は、車で山口県の錦帯橋へ。広島からは、高速で約1時間です。テレビで見たことはないが、実際上ってみると、あの橋はかなり急です。桜が咲く頃はとても綺麗だということです。桜、早く咲かないかな。
広島を後に、高速を西から東に2時間走り、広島空港へ。夜8時の便で東京へ。1時間でついてしまうので、寝ようと思っていたが、寝ることができず。
中央線の各駅停車で吉祥寺まで帰ってくるが、バスも無いので、仕方が無くタクシーに乗る。本当だったら歩いていただろうが、あまりの寒さと疲労に、タクシーを拾ってしまった。
僕の新しい携帯は、フリーズすることが判明。とても使いづらい。しかも、リセットボタンもないので、電池を抜いて入れ直す。とても面倒。

March 12, 2005

広島世界遺産パート2

そんなことで、今日は土曜日。ビジネスマンもいないので、学生やおばちゃんばかりの広島です。
世界遺産の2つめは、原爆ドームです。市街地から歩いていける。というよりは、市街地の端にあります。世界遺産についての標識などを読み、今まで知っているよりも多くの情報を得ることができました。
夜は雪が降ってくる。食事のお店を出た頃にはやんでいたが、かなり寒くなった。

March 11, 2005

世界遺産いん広島

今日は、広島の世界遺産1つ目。まずは、山陽本線に乗り宮島口へ。スイカが使えず、改札に駅員さんがいる懐かしのスタイル。約20分ほどで到着。そこからフェリーに乗り、厳島神社へ。フェリーから見える大鳥居は綺麗であった。しかし、今日はあまり天気が良くないので、太陽にテラされている赤色ではない。
広島のテレビは、ちょっと遅れている。昨日は、タモリ倶楽部の総集編、そして、今日は、「遅く起きた朝は」がやっていた。チャンネル数も東京よりも1チャンネル少ない。
夜は、そごうでトンカツを食べる。紅葉豚を食べるが、うまかった。

March 10, 2005

一路広島へ

朝から仕事をして、昼にようやく仕事を終える。携帯電話もゲットし、体制が整ったところで、旅行の準備。25分ぐらいで用意をした。東京駅経由で浜松町でチェックインをして、羽田空港へ。
出発15分前に到着。国内線だったため、金属探知器にもひっかからず、スムーズに搭乗。1時間ほどで広島に到着。
空港には、Mながわさんが迎えに来てくれていた。高速で広島の中心部へ。空港からは40分ほど。夜は早速、お好み焼き村でお好み焼きを食べる。イカ天、もち、えび、肉、そばのトッピング。おいしかったです。

March 09, 2005

花粉飛んでます

朝から、花粉症。昼は、ピエトロパスタに行く。Kまもかかったらしい。かかってみないとわからない辛さです。
仕事に終わりの兆しがっ!

March 08, 2005

携帯電話に感染するウィルス

啓文堂で立ち読みをするが、エアバスのA380の特集を組んだ本が2さつあったので、見入ってしまう。はやく乗りたい。
すしの日なので、久しぶりにKばやし君と、吉祥寺にすしを食べに行く。とても興味深い話を聞かせてもらった。内容は、プライバシーの問題上、伏せておきます。帰りは、送って帰る。
携帯電話のウィルスが流行っているらしい。bluetoothで、つぎつぎに蔓延するとは、さすがに考えた物だ。人間にかかるウィルスと形態が似てきている。

March 07, 2005

何度も目のサイダーハウスルール

朝から夜まで仕事。
中学生日記 「忘れたくない!第2ボタン盗難騒動?」とても興味のあるタイトルで見たかったが見逃してしまった。中学生日記はまだやっているようだ。サイダーハウスルールをBSでやっていたのでつけながら食事をする。この話はいいはなしで、CS、BSでやるたびにつけてしまう。音楽もいいし、監督の次の作品のシッピングニュースはあまりよくわからなかったのだが。この作品は好きです。

March 06, 2005

花粉症が治った父

最近花粉が飛んでいる。空気清浄機をつけると良くなるが、空気清浄機から冷たい風が出てくるので、ヒータも同時につけないといけない。うちの父は、昔から花粉症だったのだが、去年僕の買ってきたウコンを飲み始めてから、体質が変わったのか、今年は花粉症も治ってしまったようだ。春ウコン。僕も飲まないといけないな。
夜、久しぶりに三鷹駅北口のつたやに行く。会員証を新しくしないといけないらしい。8日までだったので、今日行くことに。下妻物語を借りました。Hけちゃんもちょうど借りているようですね。僕は劇場でも見たが、DVDでも。小池さんより、アカデミー賞で見た深田さんが気になりました。

March 05, 2005

yahooカレンダーを使っていた。

今日は、あさからひきこもり。そういえば、Kとうさんと最近話していないが、Kとうさん生きていますか?
とてもやることが多くて、頭が痛いです。そんなときに、今携帯電話が使えなくて、不便な日々を送っているわけです。いつも時計代わりにしていたので、時間もわからない。そんな身近な物になっていたのですね。
昨日の話だが、僕は最近、自分の仕事を、yahooカレンダーにどんどん登録していって、やることリストを作っているのだが、これがなかなか優れもので、気に入って使っていた。しかし、いざパソコンを開くと、つながらない。yahooのTOPページを見てみると、「ただいま、yahooカレンダーが使用できません」と表示されている。参った。yahooだからシステムダウンなどないだろうと思っていたが、落ちていたらしい。これからは、自分のローカルのパソコンに予定を書いていこうと思う。

March 04, 2005

雪の積もる大学へ

昨日の夜から雪は降り続き、朝起きると、積もっていた。昼間でやまないらしい。今日は、大学に行く日だったので、どうするか様子を見る。昼になると、やんだので、出かける。バス通りは、すっかり雪はとけていた。いつもより、車の量が少なく、1時間もかからずに到着することができた。
大学では、お仕事をして、帰りは、Dばし先生と、Kらたさんを、日野まで送って帰る。

March 03, 2005

誕生日のケーキを買って帰る。

朝から仕事。
帰りに、アテスウェイに寄り、ケーキを買って帰る。来週は父の誕生日なので、少し早いが買っておいた。4つ買ったが、そのうち3つが、栗のケーキ。秋だから栗のケーキが多いのかと思っていたが、冬でも多いらしい。
明日は雪が降るらしい。大学に行く予定だが、チェーンは必要ないだろうか。

March 02, 2005

友達の輪 ファイルナンバー003

本日は、吉祥寺のシャポールージュでお食事。オムライスを食べてみました。デミグラスソースがかかっていて、おいしかった。定番のババロアも食べました。三鷹方面にある、おいしいそばやのからまつ亭が閉店していた。残念。立地条件がかなり悪かったのに、頑張っていました。


友達の輪、今回は、Hそかわ君です。
大学に入った僕は、友達を作るのをやめ、一人で自由に過ごしていました。しかし、Hそわかわ君は、出席番号が一つ前なので、何かしら関わりがあるので、仲良くなりましたが、とても遅刻をするやつだったのです。僕は時間にルーズな人が一番嫌いなので、直すようにあれこれ、策を考えましたが、結局どれもうまくいかなった。まず、住んでいるところが、成田市。千葉県在住。1時間以上もかけて八王子まで来る。それが一番のネックだろう。遅刻撲滅のための最後の手段にもし、遅刻してきたらラーメンをおごってもらう。遅刻しなかったら、僕がラーメンをおごる、という1週間の勝負をした。彼は負けず嫌いなのか、成田エクスプレスに乗って学校まで来た。そこまでするならラーメン代の方が安い。結局彼はその後、僕の前に姿を現さなかった。そのままドロップアウトしてしまった。今頃何をしているのだろう。一説によると、僕が原因とか。
そういえば、彼がぐるめっ娘くらぶの会員ナンバーが一番若いゲストでした。青龍門に行った記憶がある。
Hそかわくん、連絡ください。

次回は、Mつうら君です。

March 01, 2005

携帯電話を変えてみた

気がつくと、3月だった。家中のカレンダーを、めくる。
しかし、特に気分も切り替わらないので、吉祥寺のvodafoneショップに行き、携帯電話の機種変更をすることにした。2年ぶり5回目の機種変更。高校の時に初めての携帯電話を持つ。そのころはIDOであった。とても大きい携帯の時代。さらに、ポケベルも持っていた。その次は、j-phoneを購入。なぜなら、メールが一日たくさん入ってくるので、docomoのような、自動的にメールを受信してくれてしまうと、メールの受信料だけで高くなってしまうので。そして、大学に入り、PHSを2台目として購入。携帯電話と、PHSという2台持ちを続ける。大学在学中、あまりにもPHSのつかえなささに、解約。大学4年の時に、カメラ付きの携帯電話を買う。それから2年。今回は、海外でも使える携帯を購入。進化したものだ。去年イギリスで購入したソニーエリクソンの機種を買った。802SEというもの。選択肢は他にもあるのだが、いろいろ遊べそうなのでこれを選んだ。来年、ナンバーポータビリティーが導入されたら変えるだろうが、それまで1年間はこれを使ってみる。
帰りに、近所のフレッシュネスバーガーで、ミソネギバーガー、オニオンリング、アップルサイダーを注文する。これで850円。高いよ。アメリカだと300円ぐらいの量。