世界一周 アフリカ大陸編
南アフリカに到着。ここは、4年ほど前にナミビアに行くときにも、飛行機を待っていた空港なので、ちょっと愛着がある。ここで今回は6時間の待ち時間。2010年ワールドカップの商品をあ扱ったお店ができていた。インターネットが使えたので、ここでもネットでの作業をして過ごす。ようやく出発時間が迫ってきた時間に、大雨がふりだし、雷が鳴る。これでは飛行機は飛ばないだろうと思っていたら、やはり遅れのアナウンスが、30分。飛行機までは、バスで行くターミナルだったのだが、雨の中バスで移動、ついた飛行機の横では、タラップに屋根がないので、びしょびしょになる。こんな所が、南アフリカです。機内に入り、みんなでびしょびしょ。そして、さあ出発だと思っていたら、滑走路が混んでいるのでということで待たされる事1時間30分。こんな所が南アフリカです。タンザニアのダルエスサラームに到着するのが、8時の予定であったが、結局10時に到着。空港でビザを取得。荷物をピックアップすると、先ほど人間がびしょびしょになったぐらいなので、荷物もびしょびしょ。ジップロックパッキングが役に立ったが、肝心の本などはそのまま入れていたので、びしょびしょ。 泊まる場所は決まっていない。たくさんのタクシー運転手と、客引きの人がいる。どうやって、決めようかと、一番公平で有るであろう、ツーリストインフォメーションに行くと、わからない、わからないと言われ、結局近くにいたタクシーの運転手を呼ばれて、この人について行きなさいと言われた。これもアフリカ的。明日、アルーシャ行きのバスが、早朝出発のため、結局、ダルエスサラーム郊外のバスターミナルそばに泊まる事にした。車内から外に向けて、iPhoneで写真を撮ろうとした瞬間、タクシーの運転手から、怒られた。なにをやってるんだ。絶対取られると。確かにそうかもしれない。そとは、電灯もあまりなく、真っ暗だが、人がたくさんいる様子はわかる。治安が良くなさそうなのは、気のせいかと思っていたのだが。ホテルは、バスターミナルの真横。うるさそうだが、今から他の所を見に行く気力も正直ない。 フロントといっても、ただの部屋だが、値段交渉をして、部屋を見せてもらう。おもいっきり、バックパッカー宿という感じだ。この旅の目的に近づいた。ここで役に立ったのが、ルームメイトの彼女に縫ってもらった、即席寝袋。いつも使っているベッドシーツの3辺を縫ってもらい、1辺から潜り込んで入る。ホテルのベッドが汚いときに使おうと思っていたのだが、早速役立った。出発前日に作ってもらったのだが、お願いしてよかった。シャワートイレもあるが、値段相応。 次の日、朝5時半にバスターミナルへ行く。たくさんの客引き。昨日、飛行機の隣に座っている人から、Dar Expressが快適で良いよという情報をもらっていたので、そのバス会社を探す。声をかけて、聞いてみると、そのバス会社は今日は休みと嘘をつかれたり、強引に手を引っ張っていかれたりと、かなり体力を使う。結局バスターミナルを行き過ぎたガソリンスタンドで聞いて、たどり着けた。7時、7時半の便があると、親切に教えてくれたので、ホテルに戻りパッキングをして出直す。アルーシャまで15ドルほどで行く。チケットを買ったのが7時20分。7時30発に乗ろうと思って、乗ったバスは、実は7時発のバスだったようだ。アフリカ時間。このバスもどうせ遅れるだろうと思っていたら、案の定到着は遅れ、9時間ほどかかった。 アルーシャに到着。バス内で知り合った人が良く知るツアー会社があるというので、連れて行ってもらう。ホテルも紹介してもらった。明日からのサファリは全く予約をしていなかったので、いまから取る事に。相場もわからないが、日本人はこういう時は、ぼったくられる傾向にある。いろいろ見て回ったのだが、最後まで考えるが、結局サファリ会社が閉まってしまい、明日の朝問い合わせるという事に。アルーシャの街は小さいのだが、お店とお店の間の感覚が広かったりと、歩いて回るには疲れる。 朝からサファリ会社を歩いて回り、ホテルの人に電話をかけてもらったりして、ようやく決まり、サファリ会社の人たちが来るのをホテルのフロントで待っていた。ホテルのフロントの人と仲良くなり、いろいろ話をしていると、自分の家族のいる村に、電気が来ていないので、電気を引きたいという事。風力発電を考えているのだがどうかという話に。僕は、太陽電池が、メンテナンスも少なく良いと言う提案をしたのだが、風力発電が良いらしい。あまり時間がなかったので、続きはメールでという事になった。 サファリ会社に行き、お金を払う。そして、いよいよサファリ開始。同じ車に乗るのは、ドライバー、コック、自分、韓国人1人と、オランダ人の男1人、女2人のグループ。最初のタランギレ国立公園まで2時間ほど、車内は、オランダ人のしゃべり声でうるさい。ここの国立公園で、まずはランチ。ランチボックは至って普通。ここからサファリカーの天井をあけ、動物を探しに行く。さすがにサファリ会社のドライバーだけあって、動物がいそうな所を知っている。 象など、すごい群れでいた。20頭以上はいるのだろうか。すごい勢いだ。キリン、しまうまなどが見られる。ちょっと思ったのが、以前ナミビアのサファリで始めてサファリを体験して、その後、オーランドのディズニーワールドの、アニマルキングダムのサファリに行き、そして今回。ディズニーアニマルキングダムが本当にとても良く出来ていると感じた。 タランギレ国立公園から、今日泊まるキャンプサイトへ移動する。パノラマサファリという場所。マニヤラ湖が見渡せる良い場所。テントをひとつあてがわれる。夕食まで夕日を眺めながらゆっくり過ごす。なんとものんびりした気分になる。夕食は、ポテト、サラダ、スープなど。食事を食べた後、アクロバットショーがあると聞いていたのだが、シルクドソレイユにはほど遠い、近所のおじさんたちが結成しているような感じのショー。何分か見て、食事も終わり。考えてみれば、自然の中でこうして一人でテントで寝るという機会はいままでなかったかもしれない。風も吹き、雨もふり、牛の鼻息を聞きながら、大自然を感じながら朝を迎えた。 日の出がすばらしい。朝食は、ソーセージや、簡単なパンケーキ。この辺からオランダ人集団と仲良くなる。今日は、ンゴロンゴロ国立公園を通り、セレンゲティ国立公園へ。ンゴロンゴロ国立公園は、ずっと前からテレビで見て知っており、いつかは行きたいと思っていた場所。クレーターの中で動物が生活しているという特殊な場所。クレーターの上から、クレーターの内部を見る事が出来たのだが、すごい大きさで、到底1、2日では見る事が出来ない事を感じる。そして、セレンゲティ国立公園は、四国の多きさほどある国立公園。世界的にも有名。いよいよ、その国立公園だ、というときに、タイヤがパンク。車を降りて、いろいろ散策をしていると、あまり遠くに行くと、動物に襲われるとのこと。もっともです。 サファリ開始。ここは、ネコ科の動物がたくさんいるということで、ライオン、チータ、ヒョウなどがたくさんみられるということ。早速ライオンメスを発見。やはり雄は狩りをしないのだろうか。人間を怖がるとかそういう雰囲気はなかった。一定の距離があれば、だいじょうぶなのだろう。それにしても、空が奇麗。サファリカーから頭を出し、風をきって走りながら動物を探す。360度の地平線を見るのは久しぶり。自分の車や、他の車の通ったあとの砂埃はすごいが、それでも、外の風は気持ちがよい。久しぶりに雲の形を見ながら、おもしろい形を探す。オランダ人は、すごい具合で日焼けをしている。そういっている自分もだいぶ焼けている。カバのいる池をじゃぶじゃぶ車で入って行くのは、イメージしていたサファリそのもの。車の調子が悪いという事で。一度ガスステーションへ。サファリカーには、ガソリンタンクが、前と後ろに2つあるらしく、そのうちひとつが壊れたという事で、ガソリンを後ろから前にうつしかえる。そして、パンクしたタイヤを預け、再び動物を探しに。 日が暮れかかった所で、今日のキャンプサイトへ向かう。荷物をおろして、テントを組み立てる。組み立て終わった頃には、あたりは暗く。今回のキャンプサイトは、まさしく、大自然で、電気などがないため、真っ暗。到着も遅かったので、他のサファリ組が、ご飯を食べ始めていても、こちらは、まだ準備中。紅茶を飲みながら話をしている。今日の夕食は、スパゲッティでした。ちょっと砂がはいっていたけど。 夜、テントから空を見たら、すごい星。赤道に近いので、日本やアメリカで見れる星とは違うのだろうけれど、それ以上に、星が多すぎて、星座を見つけられない。これは、写真にはとれない奇麗な光景であった。 今日は、日が昇る前の活動している動物を見るために、朝6時に簡単な朝食をして、サファリへ。ライオンのメスをまた発見。そして、木の上で寝ているチーターも見れた。そして、岩場の上になにかふさふさした物が見えると思ったら、それが、雄ライオンのたてがみであった。すごい。寝ていたライオンが起きて岩の上であくびをする。この構図は、まさしくジャングル大帝。みんな興奮。今回見た動物の中で、一番よかった。その後もライオン、チーターは、何度も見る事が出来た。キャンプサイトへ戻り、ブランチのキッシュを食べて、テントをたたみ、セレンゲティを後にする。次のキャンプサイト直前で、またしてもパンク。みんな疲れてぐったりしている。他の人たちは、この後も1日サファリを続けるが、僕は次の目的地が有るために、1日早く帰る。みんなとの別れ。来年はオランダに行こう。 今日は、バックパッカーズホテルというそのままの名前の所へ泊まる事にする。安い値段。荷物を置いて、夕食に出かける事にする。外に出ると、やっているお店がほとんどない。以前目をつけていたお店に向かうが、今の時間は、持ち帰りしかないという事であった。となりのホテルで、今やっているレストランを聞くが、ないということ。最後に、気をつけてと言われる。なんでと聞き返したら、夜は危ないという事であった。ナイスアドバイス、ということで、バックパッカーズホテルの屋上にあるレストランに行き、カレーを食べる。 朝食も、昨日と同じ屋上で、スパニッシュオムレツ。今日は、ケニアのナイロビへ移動する。アクラ発のシャトルに乗り、5時間の旅。普通は4時間なのだが、今は工事中なので、5時間かかるという事であった。サファリではないのだが、ほぼダートの道が続く。マサイ族の民家も窓から見える。やはり、陸路での移動は、窓からの身近な景色が面白い。そして、ケニアとの国境へ。タンザニアの出国をして、ケニアの入国。その場でビザを取得。今回はトランジットビザだったので、少し安かった。20ドル。ここからさらに2時間。ナイロビへ。ナイロビ空港に直接行ってしまったので、ナイロビの市内を見る事はできなかった。空港の喫茶店で、ホットドッグとサラダを食べる。 ここから、再びサウスアフリカ、ナイジェリア経由でガーナへ。サウスアフリカで3時間ほどの待ち時間の後、再び飛行機に乗る。ガーナに到着したのは、朝7時。入国審査では、入国できないので、日本に帰れと言われる。航空業界の裏側を知っているので、強制送還してくれるのであれば、日本に帰れるので、大歓迎と思い、どうやって帰れば良いか聞いたら、しぶしぶ入国を認めてくれた。まずは宿を探そうと、空港内のインフォメーションで調べて、空港から近い、ホテルへ行ってみる。ここに今日の宿を決めて、荷物を置いた後、早速ナイジェリアのビザを取るために、ナイジェリア大使館へ。しかし、今日は受け付けられないので、月曜日に戻ってこいと門前払いされる。しょうがない。予定は狂ってしまうが、月曜日に戻ってくる。そして、受け取れるのは水曜日という事。泊まりがけで、北の方まで行こうと思っていたのだが、今回は無理そうだ。大学時代に一緒にボランティアのプロジェクトをやった後輩から紹介してもらった人間に電話で連絡をする。今回は行けない事を伝える。そうすると、日系の旅行会社があるので、飛行機のチケットが必要なら行ってみてくださいと言われたので、早速行ってみる事に。 Yoshikenとラベルという会社。航空券の値段などを聞いた後、となりにJICAの人たちが社長と話しているのでどうぞを、部屋に通された。話がはずんで小一時間ほど話をする。なかなか貴重な話を聞けた。また滞在期間中に、お話しましょうという事で、アクラの街を散策に出かける。トロトロというマイクロバスでの移動方法を聞き、早速それに乗り、オスという場所へ行ってみる。電化製品や、お土産や、などが連なる街。コアラという外国の物を取り扱っている高級スーパーは、格差を感じられ、考えさせられる。インターネットカフェがあったので、そこでメールなどを確認。ホテルに帰るために、トロトロに乗る。となりにいた人に、地図を見せて、行き方を聞くと、親切に教えてくれる。そして、さらに親切に、案内してホテルの近くまで一緒について来てくれる。夜は、あぶないから、とか、一人でここは歩いては行けないと言われるが、用心深い日本人としては、そう言われている人に対しても警戒をしている。旅に出ると、警戒心と、親近感の境でかなり揺れる時がある。まさしくそんな時であった。日本に興味があるし、僕も旅をすると言われると、悪い人間と遠ざけられなくなってしまうので難しい。結局ここからは、ホテルまでわかるのでありがとうと、お礼を言って、メールアドレスを交換して分かれる。 早朝から、街を散策。この日が昇る前の数時間と、日が沈むまでの数時間が活動しやすい時間帯。ガーナの人もそう思っているのか、朝から掃除をしたり、サッカーをしたりしている。後輩の友達に持ってきた日本食のおみやげを昨日の旅行会社に預けに行く。部屋の中で、たたいて殺した蚊が、ハマダラ蚊であった。つぶさずに奇麗にたたいたので、大切にビニール袋に閉まって保存。これに刺されると、マラリアになる可能性大きいです。マラリアの予防薬も準備しているのだが、今現在問題ないのと、マラリアにもいろいろな種類が有るようなので、今回は、このまま飲まない予定。今思えば、結局高山病の薬も飲まずに済んだ。 アクラだけにいてもしょうがないので、ケープコースト城という世界遺産がある街へ行ってみる事に。マイクロバスで行く事も出来るという事なのだが、事故が多いので勧められないとの事。STCというクーラー付きの快適なバスで行く事にした。まず、その出発するバスターミナルを探すために、いろいろな人に聞く。するとある一人の若い男性、僕よりも若いと思うが、僕が困っているのを見て、他人であろう女の人に、お金を私、この人を乗り場まで連れて行ってあげてという。僕があわてて、お金を出そうとするが、いらないという。なんとも心優しい人だ。 バスターミナルについて、お金がない事に気づく。ドルは持っているのだが、両替所がない。ATMを見つけたのだが、windowsのエラーが出ている。どうしようか困っている所へ、おじさんが手助けを。奥に闇の両替屋さんがいるということで、わざわざそこまで連れて行ってくれる。先ほどの教訓を生かして、チップを上げなければと思い、渡そうとしたら、私は60歳、おまえみたいな若者には、お金はもらわん、と断られた。年齢で、年下にはお金を払って何かをしてあげるという感じだろうか。部活の先輩後輩の関係をを思い出す。両替してもらった。荷物も重さによりお金を取られる。出発まで2時間ほどあったので、遅いランチ。メニューのほとんどが無いと言われる中、チキンライスがあったので、それにしてみる。チキンライスを想像していたら、チキンとライスが来た。チキンは、かなり肉が少ない。ここから3時間ほどのバスの旅。車窓からは、アクラの郊外のマーケットが見えたり、物売りの人が来たり、さまざまな景色を見る事が出来た。快適なのもあって、後半は寝て過ごしました。ケープコースとのSTCの停留所から街までは、さらにタクシーに乗らないと行けない。ちょうど、他のバックパッカーがいたので、相乗りさせてもらう。赤十字に泊まる所があるというので、行ってみたが一杯だったので、その近くの宿にする。夕食はここで、カレーと、オニオンスープを注文。来るまでに1時間ほどかかった。オニオンスープは、今まで食べたオニオンスープの中で一番おいしい。オニオングラタンスープなら他においしい所はあるのだが。 今日も早朝から、散策開始。街にオバマ大統領の写真がたくさんはってある。オバマ大統領がこの街に最近来たらしい。ガーナに来たという事も知らなかったのだが。水汲みをしている子供たちと、話をする。家族の手伝いをしているのは、すばらしい。先日会った、JICAの青年海外協力隊で来ている人に電話をして、昼ご飯を一緒に食べる事にする。ホテルまで来てもらい、一緒にレストランへ。もう一人、イギリスのボランティアでこの街に来ている日本人の人を紹介してくれた。行った先のレストランで、偶然にも同じ協力隊の知り合いに会い、結局4人で話をしながらの食事。ガーナに来てそれぞれ社会の為に仕事をしている人たちと話が出来て、とても良い刺激を受けた。隣町であるエルミナという街を見てから、今日中にアクラに帰ろうと思っていたのだが、話が弾んだのでそのまま話をしていた。しかし、絶対にエルミナは行った方がよいと勧められたので、明日のビザ申請は、朝一で帰ってから行く事にして、今日もここに泊まる事に決める。エルミナへのトロトロのターミナルまで連れて行ってもらい、分かれる。30分もしないぐらいで、到着。 確かに、遠くから見るエルミナ城はとても奇麗だ。しかしもうひとつ見たかった物がある。それは、漁師町という事。たくさんの漁船がとまっている。魚市場はやっていないのだろうけれども、すごい活気あふれる場所であった。エルミナ城を外から見ていると、今ケープコースト大学に行っているという学生が声をかけてきた。しゃべりたいという事で、しゃべる。名前をお互い言う。城を一周して戻ってくると、貝殻に名前を、記念の文字を書いて手渡してくれた。これまた用心の心が働き、新手の物売りだと思ったが、お金はいらない、思い出にとっておいてほしいとの事。メールアドレスも書いてありメールが欲しいという事であった。ケープコーストに戻り、街をうろうろする。薬局があったので入ってみる。写真を写させてもらい、バルトレックスの値段を聞く。すごい安い。聞いた話に寄ると、AIDSの治療薬などには、先進国価格と、後進国価格という物が用意されているらしい。バルトレックスは、それが取り入れられているのか、どうかわからないのだが。 朝7時発のアクラ行きのバスに乗る。早朝から満員。今回のバスは、クーラーがついていない。走っている時は、風があってよいのだが、渋滞で止まると蒸し暑い。アクラに到着。まずは、お金を調達するために、銀行へ。その途中、アイスを売っている自転車があったので、購入。袋版チューペットのようなもの。開けると、勢い良く溶けた中身が飛び出してきた。味はなかなかおいしかった。銀行でお金を下ろした後は、タクシーを使い、すぐに今日泊まるホテルへ。Pink Hostelという安宿。ドミトリー。そして、またタクシーに乗り、ナイジェリア大使館へ。トランジットなので、ビザは必要ないという話もあったのだが、大使館の人に聞いてみると、必要だという事。書類はすべてそろっていたので、渡して10分ほどで大使館を後にする。 今度は、街の人々が飲んでいる水、観光客は、ペットボトルの水を30セントほどで購入して飲んでいるが、現地の人は、袋入りの水を飲んでいる。これは、濾過水らしい。3セントほど。買って飲んでみるが、そこまでにおいも無く、問題なく飲めた。昼ご飯を食べるために、オスへ向かう。道をきいたおばさんに、何かおすすめのレストランがあるか聞いてみると、Papayeがいいと紹介してくれた。簡単に言うと、ガーナのKFCということらしい。さっそく乗り合いタクシーで行く。確かにファーストフード的な感じ。それも真似をしました感がただよっている。フィッシュフライとフライドポテトとスプライトを注文。4ドルぐらいだが、ガーナにしては高い。食後、コアラというスーパーに再び行く。昼食べたアイスのチョコレート版があったので、食べてみた。これもおいしい。暑いガーナではかなり重宝する。 夕食は、宿に近いその名もチキンリパブリックというお店。チキンバーガーというものを注文。久しぶりのハンバーガーがおいしい。そして、オレンジではないファンタもおいしい。今日のドミトリーで一緒になったのは、オーストラリアの人と、アイルランドの人。ボランティア活動で来ているという事。今日から4日間は、オリエンテーリングらしい。そして、3ヶ月ぐらいこちらに滞在するとの事。往復の航空券3000ドルは、自分持ちという事であった。 遠出をしようとおもっても、ビザの事で制約されているので、あまり自由には出来ない。とりあえず、このホテステルが快適だったので、延泊する事に昼決める。まずは、James Townという古い町並みへ。古い町並みと言っても、漁師町で、ケープコーストで見たような街。そこから、Temaへ行くために、いろいろ道を聞き、いったんアクラへ行き、そこからシェアタクシーでTemaという所まで1時間ほどで到着。この街はロンドンのグリニッジ天文台からの子午線が通っている事で有名。しかも、赤道からも近いため、東経0度、北緯5度という場所。東経0度、北緯0度は海上のため、陸路では行けない。街を散策した後、アクラへ帰ってくる。旅行会社の人と食事をする約束だったので、訪問するが、急にフライトがキャンセルになったとかで急がしようであった。どこの旅行会社も一緒である。 そこから近い場所にある、アクラモールという場所へ行ってみる。モールマニアとしては行くべき場所であろう。今までのアクラの街でクーラーが効いている所は、ほとんどなかったが、このアクラモールは全館クーラーが効いている。それだけでもすごい事である。2つの大きなスーパーとフードコート、NIKE、Addidasなどのブランドショップも入っている。Apple Storeではないのだが、iStoreというAppleのお店があった。とりあえず、ここで夕食を取る事にして、デニーズ風のファミレスもどきな所へ入る。ガーデンサラ ダと、チキンのピタの様な物を注文。なかなか他では味わえない欧米食といった感じであった。ここももちろんクーラが効いている。食後もモールを見て回る。スーパーマーケットでは、もうクリスマスグッズが売っている。この暑さでのクリスマスも違和感が有るが、もうクリスマスの準備が始まっているのかと考える。2階は映画館になっている。人がたくさんいて、テレビ局も来ているので何をやっているのかと思えば、マイケルジャクソンの映画の公開日らしい。見てみようかとも思ったが、ニューヨークにいるマイケル好きの友人と見る予定なので、今回は雰囲気だけを味わった。ひととおり見て回った後、トロトロに乗って、ホステルまで帰る。他の2人は夕食を食べているようであった。その間に、本を読んでいたがいつの間にか寝てしまった。相当歩き、30度越えの暑さの中にいると疲れがたまっているのだろうと感じた。 朝から街散策。昼からビザのピックアップへ出かける。1時につくように行ったのだが、2時から受け取りを開始すると言われた。この暑い場所で1時間いるだけで熱射病になると思ったので、歩き始める。歩いても暑いのだが。ようやく見つけた中華料理屋に入るが、当然クーラが効いているわけでもない。従業員は、一生懸命何かの大会の閉会式を見ている。何かを食べようと注文するが、何を思ったのか、海老のチリ炒めを頼んでしまい、食べている間中も汗をかく。2時に近くなったので、ナイジェリア大使館へ戻る。受け取りは、あまりにもあっけなかった。申請したときに、半券も何ももらわなかったので、どうなるかと思っていたのだが、運がいいことに日本人が一人だったので、わかりやすかったのだろう。ビザ代金20ドル、手数料30ドルと、2つの領収書を発行している。なんだかよくわからないが、これが無いと旅が続けられないのでしょうがないのだろうか。これで肩の荷がおりた。 次に、世界的に有名になったというガーナの棺桶アートの場所へ向かう。小さい頃テレビ番組で見たような気がしないでもない。Teshiという街まで、トロトロに乗り、汗をかきながら移動をする。街に到着したが、場所がわからない。いつものように、まずは、ひたすら歩く。かなり疲れてきた所で、普通の商店の2階におおきなピニャータみたいなおもちゃがいくつか、ほこりをかぶっているのが見えたので、あれは何かを近くの人に聞くと、2階まで連れて行ってくれた。近くで見てみると、棺桶である。瓶ビール、飛行機、魚、タンクローリー等の形をしている。忠実に再現されていると言えばされているのだが、アートという意味では、カラフルな色づけをしている点がアートなのだろう。他にも3件の棺桶アート屋さんがあるようで、他のお店を紹介してくれた。次の所までも、またかなり歩く。ここでも、豚、缶ビール、かなづち、ピアノ、とうがらし、パパイヤの形を見た。満足。話した所、そこまで有名な観光名所ではないようであった。 旅行会社の人が、ガーナ滞在中に是非、一緒に食事をしましょうと言ってくれたので、夕食へ。OSUの中華料理屋さん。餃子がおいしい。魚の餃子と、豚の餃子。サラダ、キャベツスープ、チャーハンにビール。とても真剣な話をできてよかった。 今日は、夕方の飛行機でナイジェリアのラゴス経由で、トルコのイスタンブールへ移動。アクラから、ラゴスまでは、陸路でも8時間ほどで行けるという事なのだが、治安の点等で、断念する事に。飛行機での移動。それまで時間があったので、ホステルをチェックアウト後、コレブ病院へ。野口英世は、ニューヨークではかなり有名であると思うのだが、それは研究をした場所がニューヨークという事であって、ガーナのアクラは最後に黄熱病にかかってなくなった場所ということであった。病院の一角には、銅像があり、小さいが日本庭園が有る。ちょうど奇麗に手入れをしている人がいるところであった。そして、オフィスに行き、記念の部屋の鍵を開けてもらう。ひさしぶりの大学の研究室は、学生時代を思い出させる。エバポレーターとか。日本の新聞や、写真などが飾ってある。紹介してくれた人の息子がニューヨークにいるらしく、とても親しくいろいろ話をした。部屋を見た後に外に出ると雨が降り始めていた。 夕方、歩いて飛行場へ。これがもっとも安く行く方法。だが、空港の敷地内は予想以上に広い。チェックインをして、飛行機を待つ。搭乗開始の時間から10分ぐらい過ぎた所で、ようやくゲートに向かうと、名前を呼ばれる。想像以上に早い。もうみんな機内に向かったらしい。バスでの移動。出発時刻30分前になんと出発。今までたくさんの飛行機に乗った事はあるが、時間より前に出発してしまうのは始めて。さすがです。離陸して20分ほどで、機内サービスのドリンクがでて、それから10分ほどすると、着陸のアナウンスが。さすがに近いです。30分早く出発して、1時間弱のフライト。ナイジェリアに到着。入国審査をする。ビザが有るので問題なかったようだ。そして、トルコ航空のチェックイン。荷物の検査、出国審査を済ませて、次のトルコ行きの飛行機を待った。夜11時発、翌日6時着の飛行機なので、機内はみんな寝る。となりの背の高いナイジェリア人が、窮屈そうに、こちらの座席まで足、手を伸ばしてくるので、こちらまで窮屈になる。
